牛のエセ日記

覚醒の時代2016年~2017年(1)

僕は依頼されれば今「ウェイクアップセミナー」というシリーズのセミナーをしています。

あまりにも終わりそうにないので「先生、このセミナーっていつ終わるのですか?」と聞かれました。

「まだまだ」

と答えると、「ネタ尽きないんですか?」と心配されました。

本当に心配してくれているのか、早く終わりたいという希望かはわかりませんが、ネタ的には尽きることはありません。それほど伝えようと思えば、伝えたいことは山ほどあるのです。そちらは心配はないのですが、参加者が何処まで理解して付いてきてくれるのだろうと逆に心配しています(^^)

僕がこのセミナーでテーマとしていること、、、ウェイクアップとは目覚めから転じて覚醒という意味です。「人間の覚醒」です。意識の覚醒です。

今の人は生まれてからずっと何かに常に抑制され、ストレスを感じ、本来その人が持っている資質、本質というものを全く出し切れていません。と、僕は感じてます。

そういう事が原因で、昔よりもずっと理解力、想像力、決断力、行動力が日本人は落ちていると思うのです。

その原因はなにか?

僕なりに調べていくと、その原因は日本の第二次世界大戦の敗北からはじまっています。戦後日本はアメリカのGHQという戦略的占領が長い時代続いた。

その戦略が今ももって効果を果たしているということです。

この時から日本人の生活、文化、教育、風習、理念までもが随分変えられた。変わったのではなく変えられたということ。

その欧米からの呪いを解くために、僕は微力ながら日本人としての意識の復興としてこのセミナーも行っているという事。

まぁ、こんな大層な事を言ってもみんな分かってくれないので「人間の能力を高めるセミナーです」とか、言っています。

しかし最悪なのは、欧米に日本人が意識変換させられたのを、すでに戦後から70年も経っちゃっているので、今の日本人の多くは忘れてしまっているのです。

その代表的な食生活の変化が「牛乳神話」です。

日本人は戦前は牛乳など飲む食生活はなかった。ただ北海道の一部のみ搾乳文化があったのみ。それを健康には牛乳という飲み物がいいんだぁ、とか言って学校給食に導入してきた。当初はアメリカから輸入した脱脂粉乳を飲ませていた。

要はアメリカのものを輸入させて、日本人に消費させたいだけの目的が多い。

戦後貧しかった国民の栄養不足を理由に「栄養のある」牛乳を積極的に推進する米主導に加え、日本政府もGHQの指導に従って国の政策として「牛乳神話」を作った。

全く裏付けのない「牛乳=カルシウム摂取=子供の成長に欠かせない」というメディアを使った刷り込み活動で日本に牛乳文化を根付かせた。

こう言うことは枚挙に暇がない。

まだ日本人にアメリカのものを輸入させて消費させようというセコイ話はいいとしよう。それよりも、日本人の精神構造までも変えさせ弱体化した日本人を造ろうとしたした事には腹が立つわけです。僕個人は。。。(-.-)y-~~~

なぜアメリカはこうまでして日本人を弱体化させようとしたのか、、、

それは第二次世界大戦を通じて、日本人の本当の恐ろしさをアメリカ人は身をもって知ったからです。

敗戦が濃くなった時に日本が使った「特攻」という戦略です。自分自身を爆弾として、敵艦に体当たりしていく。

「クレイジーッ!!」

と、どのアメリカ人も思いました。これはアメリカ人には到底真似出来ない訳です。

自分の命を自分で断つ。それも自分の為ではなく、何か他の理由により理不尽とも半ば思いながらも断つ。

これはよほど知性が高くない限り出来ない行為なのです。

そういう日本人の局面を相当恐れたアメリカは、日本人がこの先永遠に自国に背かないように骨抜きにした策略が、GHQが日本で行った統治戦略なのです。

どの地域にも文化センター、カルチャーセンターちゅうものがありますよね。

実はあれもGHQが作った、日本人弱体化の戦略だと知ってましたか?

文化センターとは、おそらくチラシなんかで見た事あったり、実際通って何かを手習いした人もいるだろうと思います。

ビル内に幾つかの教室があり、それぞれ日替わりで外国語や芸能、絵画、音楽、美容などのことを簡易に教える処ですね。

では、なんでそんなモノをGHQが造ったのか。。。

それも日本の歴史を見れば容易くわかります。

そういう大衆の習い事、書道とか作法などいう教養を身につける場は、昔はお寺とか神社で行われていたのです。

そういう教えをする機関を、神社お寺という処から遠ざける事が目的で文化センターというものを造ったのですよ。

ではなぜ、大衆をお寺とか神社とかから遠ざけったのでしょうか?
もちろん日本人の精神性を弱体化させたかったからです。

多くの日本人を無宗教にしたかった訳です。

戦争で痛いほど日本人の精神性を思い知ったので、そこまで戦略として実際にしていたわけです。

GHQの日本占領戦略のお話をしてきましたが、そんな70年前の事なんてわたしゃ知らんし、そんなの関係ねぇーッ!

と思われる70歳未満の方も多いと思います。しかし気付くことなく当時の洗脳を未だに庶民である僕たちも脈々と受け継いでいる事は多々あります。

僕は毎回のセミナーの中で人間にとって最も大事なのが「意識」するということであり「意志」が何よりも重要なのだ、という事を繰り返し繰り返し伝えています。

意志により人間は良くも悪くも変わります。病気で死ぬも、回復するもその原動力は「意志」の力です。人生切り開くも、落ちぶれるのもその人がどうしたいのかという「意志」のベクトルにあります。

今でも曲げられた日本人の意識の片鱗。。。

みなさんも文章の中で「私(わたし)」という時を使うのではないでしょうか?

相手を気遣って「お元気ですか?」と綴りませんか?

実はそれらの言葉も、戦後他国によって変えられた痕跡です。

戦前、「わたし」という漢字は「和多志(わたし)」と書いていました。

「私」と「和多志」とでは、その意味する処は違い過ぎます。

私 = 個人主義

和多志 = 多くの志を和す

言葉というものは非常に大事です。

これもセミナー中何度となく僕は言うことですが、言葉というものにはそれを放つ人の「想い」が込められ、その言葉は一つの波動となり相手の元へ届きます。(これはエネルギーなのです)

広辞苑で調べて貰えればわかりますが、「私」という字には「閉じ込める」という意味があります。「和多志」から「私」になることで、日本人は意図的に和を分離させられ個人主義を強く勧められてきたのです。

そして、その通りになってしまいました。

「多くの志を和す民=日本人」それは、全体の中の一部であり、その全体の中の和多志だったのです。個があり全体があるのではなく、全体がありその中に個がある。というのが大和魂(大いなる和の民族)という日本民族の優れた資質だったと僕は思うわけです。

「和多志」と「私」、それは響きは同じものであっても真逆なるものなのです。

「元気」の気も同じです。

昔は「気」を「氣」と綴りました。

単なる旧漢字でしょ、と今となっては思われるかもしれませんが、これも真逆を意味します。

気の部首であるきがまえの中が今は「〆」となっています。締めてしまえばエネルギーは縮小します。

それに引き換え「米」は八方に広がる意味を成します。エネルギーを存分に発散して、四方に広がるイメージです。

米というのはもみ殻の中にケイ素を多く含んでいます。そして作物の中でも特に「お米」は太陽の光(テレへルツ光)を長時間浴びて出来る作物です。

人間にとって重要なケイ素とテラヘルツを最も多く含むものとして、日本人はお米を主食と選んだ訳です。ここにも日本人の崇高な知恵があると僕は思います。

戦後日本はアメリカのGHQの支配下におかれ、日常の風習やら、文化、教育の仕方、思想までもを一方的に変えられてしまった。

そしてその策略は長年掛かり、日本人を洗脳し、すでに戦争を知らない年齢層までのDNAにも浸み込んでしまった。

ということをこれまで書きました。

僕はそういう事実があった歴史を引き剥がし、アメリカを批判するつもりは全くありませんし、恨みつらみも言いたいのではありません。

すでに起こった歴史は書き換えられませんし、今の時代の人があの当時極限状態で選択した事を、当時の人たちレベルで思ったり考えたり出来るのか、と言えばそれも無理な事だと思います。

大事なことは2つです。

まず過去において日本の当時の人がどのような現実に直面し、何を考えどう行動したのかという正確な事実を知ること。そして、その事象を深く理解して、その意味を知ることが大事なのです。

事象以上に、意味を知ることが何事も重要なのです。

そしてその事象と意味を踏まえた上で、今をよくする事を考え行動することが今を生きる僕たちに一番大事なことだと思います。

アメリカは常に「正義」を盾と理由に、相手国を作り攻撃します。その構造で国を保ってきた民族です。結局第二次大戦も開戦前から仕組まれており、日本はまんまとそのシナリオに嵌められた格好なのですね。またイラク戦争も然り。

でももう「正義」を掲げたり、それを原動力として事を成す時代ではないと僕は思います。

なぜなら「正義」を片方が掲げることにより、相手は「悪」という構図を強いられ、そこには対立が起こります。

正義というものは主観的であり相対的なことなので、地域や国、民族によって違いますので統一出来るものではありません。

対立が起これば、そこには主張の張り合いが起こり、最悪は攻撃のし合いとなるわけです。これは個人でも同じです。

その対立規模が国家レベルとなるものが戦争です。

人間の殺し合いと発展するわけです。

人間は生きるために生まれて来たのに、それを殺し合うというのは絶対悪です。正義を掲げる最終形は「悪」にしかならない。

これは僕個人の推測ですが、昔の日本人というものはそういう対局は悪を生むしかない、という事を深く知っていたと思うのです。その現われが、中庸を重んじた昔の日本人の考え方だったのではないかと思います。

自らの命を絶つことで事が成すなら「切腹」や「特攻」という事も成し遂げる事が出来る精神性。そして常に「和」をなすことを信条としてきた大和魂。

そういう叡智を持つ過去の優れた日本人の蘇りを目指したく思っているのが僕がいう「覚醒(ウェイクアップ)」というテーマなのです。

もう一つ僕がライフワークとして普及している水溶性ケイ素は、人間の松果体と胸腺を活性化させるツールです。

松果体は古代の人は「宇宙と繋がる」部位と考えられておりました。しかし現代人は古代人に比べて10分の1程度にも退化している。胸腺も同様に退化しているので、昔はなかった現代病にもなる人が多い。

この文章は僕と関わり様々な活動を共にしたり、僕が主宰するコミュニティに属してくれている人が多いと思います。

僕が目指したり伝えることはすべて「過去の素晴らしい日本人への蘇り」もしくは、本来の自分自身へ還ること。そして自分らしく、自分の人生をデザインして、悔いのない素晴らしい人生を創っていくことだということをこの機会にもご理解下さい。

そしてそういう事を理解した上で、人類が次なるステージUPする時期が2016年~2017だと感じています。

「心のままに、自分のままに、思い通りの人生を・・・」

GOOD LUCK!(^^)