ほんの短いメッセージですら、人の人生を変え、そして生涯の支えにもなる言葉。そんな本を読んでいるのでご紹介しますね(^^)
『運命をかえた一通のメッセージ』
その島で私はさらに貴重な体験をした。
小さなガソリンスタンドに給油のために立ち寄った時だ。
年の頃は七十代半ばのスタンドの店主が、釣銭と一緒にチョコバーを1本くれた。イギリスのガソリンスタンドでこんなサービスを受けたことは初めてだったので一瞬とまどった。すると彼は、
「今日はクリスマスよりめでたい結婚記念日なんだ。一緒に祝ってくれ」
としゃがれた声で頼むように言った。
「まあ、それなら奥様にもおめでとうを言わないと」
私がそう言うと、彼はにこやかな笑顔を崩さずつぶやいた。
「それはできない。彼女はとうの昔に病気で死んだからね」
私は再び驚いた。そして何と言うべきか言葉に詰まった。店主は領収書を書きながら淡々と言った。
「大丈夫だよ。私は彼女がいなくなって30年以上もこうして一人でやってきたんだから」
そう言うやいなや、壁に貼ってある一枚のメモのようなものを「見てくれ」と指した。
そこには女性の走り書きの文字がこう綴られていた。
“May I see you at the bay before sunny-down Mag”
– 日暮れ前に入り江で会って貰えますか メグ –
店主は目を細めてそこに隠された思い出を話し始めた。それによると、そのメモは当時小学校の教師だった彼に、亡くなった妻が長年の恋心を告白するため初めて渡したものだった。
「あの日、学校が終わって家に帰ろうとしたら、僕のほとんど壊れかかった自転車のハンドルにこれが貼ってあったんだ」
マル島の美しい夕暮れの中で、同じ学校の職員である彼女と初めて二人だけで時間を過ごした。そして、その日に二人は結婚を決めたというのだ。
「あれは僕の一生の中でもっとも幸せな瞬間だったんだ。もしこのメモを彼女が書かなければ、僕らは片思いのまますれ違って違う人と結婚していただろう。だからこれは結婚指輪よりも大切なものなんだ」
二人の運命をかえた一枚のメッセージ、それは妻亡き後も彼の人生を支えているのだ。
「これを見るたびあの日の感動を思い出す。
そう語る彼はスタンドに来た客にチョコバーを配りながら、亡き妻との記念日を祝っている。一枚のメモから始まった幸せな思い出に支えられ、たった一人で生きる彼。
その生き様に私は衝動を受けた。たった一つのメッセージが人間の生涯をも支え続けるとしたら、書くことの意味は計り知れない。
私の手元に残している手紙すら、今年は泣けたが、一年たったらただの紙切れになったという手紙は一通もないのだ。
『運命をかえる言葉の力』より
The writing magic catches any heart
著書/井形慶子
P4~P6までを引用