「恋愛」とは(2)

恋愛という言葉は「恋」と「愛」という二文字で出来ています。そして順番が「恋愛」という順番で「愛恋」でもないということ。実はこれにも非常に深い意味合いがあるのです。

恋の動詞は、今では「恋をする」というのが一般的だけど、その古くは「来ふ(こふ・こう)」で「恋ふ」の名詞形が「恋」なのです。

「恋ふ」という意味は、本来人に物を与えてくれるよう求めたり、何かをしてくれるよう願う意味の「乞う(こう)」と同意義なのです。そして古くは異性に限らず、花・鳥・季節など、目の前にない対象を慕う気持ちを表したものでもあったのです。

そして時が経つにつれて「恋」は、目の前にない対象が異性に限られるようになり「会いたい」「独り占めしたい」「一緒になりたい」といった、男女の恋愛感情を表現する文字に変わったのです。

つまり「恋」という語源からもわかるように、「恋」の根底にあるものは「求める」ことであり、それを自分の手中にしたいという強烈な執着になるものなのです。

極論から言えば、「恋」はダイレクトなエゴであり自己の自己による満足をただ得たいがためのものであるということです。

「恋」のパワーが強まり過ぎると、そこに相手を奪おうとするエネルギーが強大化しますので、相手に与えるエネルギーはマイナスとなり、そのエネルギーを受けた人は多大なダメージを受けるというわけです。

ですので「恋」による男女のエネルギー関係は奪い合いです。奪い合いのゲームとして成り立ちます。だからそれを経験する人は、奪えば喜び、手に入らなかったらダメージを受けて心が沈むし悲しみという感情が噴出してくるということです。

その表れとして、恋の旧漢字は「戀」と書きます。上部は「絲+音」との組み合わせで、もつれた糸にけじめをつけようとしても、それは安易に出来ることではなく「もつれる」という同系の言葉としてあります。これに下部の「心」が加わり、「戀(恋)」は、心が乱れてどうしようもない状態を表すことになります。

大好きな人であればあるほど、もう24時間その人の事を考えて、居ても立っていられない心境になったことは、みなさんも若い頃などはあるかもしれません。

そういう相手により、心が自分の意思ではどうしようもならない状態になるのが恋をしている状態なのです。

恋は究極のエゴ、独りよがりであり、人からエネルギーを奪う一方的な行為なのです。

執着です。

そしてその「恋」と相対的に位置するのが「愛」という言葉なのです。

この宇宙というものはすべて「相対的」なもので成り立っています。それを表現したものが道教のタオという図形です。光と影、善と悪、過去と未来、右と左、など比較の上で成り立っているものです。

まさしくこの「恋」と「愛」で表している「恋愛」という言葉も、人間の究極の相対的語彙なのです。

恋は究極のエゴ、独りよがりであり、人からエネルギーを奪う一方的な行為と聞けば、大概の人はそれは「悪」だと判断し否定的に考えるかもしれません。

実は短絡的にそう考えるのも宇宙意思の思惑からは違います。

ここが深いところなんですね。

その違いは次回のこのノートで解説します(^^;

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