スマホを置いて街に出よう!(スマホやSNSに潜む現代の危険性)

僕が主宰しているビジネススクールでは、これから起業してインターネットを集客ツールとして使いたいと考えている、またはすでに起業しているけどどうしたらいいのか迷子になっている女性起業家の方を中心に教えています。

その中でブログの書き方という基本中の基本も教えているのですが、商売として使うビジネスに料理の写真や旅行へ行った記事は掲載してはいけません、ということを先日レクチャーしました。

少し考えてみれば商品やサービスを探し求めてきたお客さんに、いきなり自分の子供の写真や昨日食べにいった料理の写真を差し出すことがいかにトンチンカンなことなのか、わかると思うのだけど、この手の間違いをしている人は実に多い。

なぜ少し考えればわかるこの手の間違いをする人が多いのか。

僕はその理由に、facebookが盛んになってきてfacebookの投稿記事にそういうパーソナルの投稿が多いので、ごっちゃになったんだと思っていた。けど、それでも普通に商売をする上で考えればそれが「おかしい」というのは常識でわかるではないか、と僕は思う。

そしてさらにその理由を考えた場合、やはりスマートフォンとSNSの日常への浸透が、人の感覚をある種狂わしているのだという結論に行き着いた。

facebookやLINEでメッセージをしてきた人に、わずか数分でもレスポンスをしない場合「無視されている」とか「どうして返事くれないのですか」と聞かれる場合もある。ヘタすると涙マークのスタンプやら暴れているキャラクターの画像なども送られることしばしだ。

いやいや、そうではないでしょ、と思う。

昔の連絡手段が電話だけだった頃に、メールが現れた。電話だといきなり相手の忙しい中へ自分が突然に割り込むという形になるのを、ひとまずメールで送り、返信は手隙の時にお願いします、という相手を思いやる形になったのがとても良いと僕は思った。

本来メールとかというものはそういう思いで使うのが正しいと僕は思う。

だから仕事上でよほど支障がない限りは、相手に催促などするものではない。

何か相手からSNSでのメッセージがあれば、即レスポンスをしないといけない。見たのだから相手には既読と表示が出るので、そのままにしとけば怒られる。みたいな受けた側もそういう心理状態になるのが普通になってきているようにさえ感じる。

だからfacebookやLINEに疲れるという人も多いのでしょう。

これは本末転倒で、人が生活を便利にと作り出した道具に振り回されているのだ。それにまずは気付かなくてはいけないんだよ。

道具は所詮道具な訳なので、facebookやLINEが悪いというものでもない。

自分のスタンスでやっていれば決して疲れたりはしないものだ。床の間の置物の花瓶で疲れる、ということが無いのと同様に。

要は使う人の使い方次第なのである。

僕の場合、電話は出たい相手だけに出るようにしています。いくら親しい知り合いでも気乗りのしない時は、ベルを放置している。出たいと思う時だけ出る。

facebookのメッセージやらLINEはもっと気分のままにしています。返信をしない方が多いかもしれません。まぁ、それを繰り返していれば、僕がそういうスタンスの人なんだということを相手もいずれ理解してくれる。中には全然わからない人もいるけど。そういう場合はブロックします。(相手を拒否)

そしてもう一つインターネットの端末が起こしている弊害は、冒頭にも書いた通り「自分の頭で考えない」ような人間を作り出しているということ。

情報があまりにも多くなり過ぎると、人間はバカになる、ということが実験でわかっている。普通は情報が多いほど、間違いないようになると思いがちだけど、実は自分の思考で考えるという行為をしない人間を作り出してしまうのだ。

それも人間が便利になろうとして作り出したモノに、振り回された本末転倒現象だ。

僕はこういうことが解ってから、スマートフォンを持たない時間を作っている。外出する時も、よほど仕事で途中調整が必要だと思わない限りは、持ち歩かないことに最近はしている。

僕は金属アレルギーなので昔から時計もしないから、外出する時は現代的な便利な器機は何一つない身一つなのだ。

当然便利なものが無いわけだから、困る場合も多い。しかし困るから頭を使ったり、知恵を絞り目的地にいかに効率よく辿り付けるか、目的の商品を売っている店をいかに見つけるかという考えを巡らす。これが思考の練習になると僕は思っている。

先日も母親に頼まれた女性商品を探しに地元へ出掛けたが、目指す商品を売っている店が一向に見つけられない。こういう時手元のスマホがあれば、検索機能で一発にわかるのだけど。実際歩いてトコトコと探している分には時間が掛かる。でもその中で、なぜこの商品を売っている店がこの地域にはないのか。その原因はこの辺りの住人の特性か、年齢層に関与しているのか、などということを考える。そして実際に見る街や、商店街を歩く人たちを見ることによってその原因が解ったりする。こういう事が仕事上のマーケティング思考にも繋がっていく。ということだ。

さらに先日、プライベートで人と会うことがあった。事前に場所と時間を確認し合ったので間違うことは無かろうと思いスマホを持たずに出た。でもそういう時に限って相手が仕事で遅れて、僕に連絡を取れずに結局会われず終いで終わるということがあった。

バカだなぁ、スマホを持っていれば会えたのにと思うかもしれないが、昔はみんなこんな具合だったのだ。ヘタすれば会えないという思いがあったからこそ、昔の人は今以上にコミュニケーションを大切にしていたのではないだろうか。

歌であった「会えない時間が愛を育てるのさ」というレフーズは今となれば化石化しているけど、そいう感覚は「一期一会」という大切な日本人の心さえ化石化させていると僕は感じる。

簡単には話せない会えないからこそ、相手への想いを大切にする。

今こそ、そういう不便だけどイメージフルな感覚がとても大切なのではないでしょうか。

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